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空のように透き通った心をみつめて、あるがままへ。
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悟りって精神性の高さや高潔さ、歴史上の聖人のようになるってイメージを抱く人が多いと思う。

僕もそうだったし、今でも多少そう思ったりもする。

でも、そのなにかに「成る」って認識はかえって悟りを妨げているんだと思うんですよ。

だって、現実的には理解のできない出来事に落ちんだり、腹を立てたり、自制の利かない衝動的な性欲を誰でも持っていたりしますよね。

そんな時に「ああ、悟りには程遠い」なんて思ったりする。

でもね、違うんですよね。

持っていてもいいんじゃない?が目の覚めた認識であり、タブーをタブー視しないのが目覚めなのかなぁなんて最近僕は思ったりしてるんです。

作られた悟りや聖人のイメージは、宗教が作り上げた幻想という功罪なんですよね。

今のまま、まるごとありのままの自分を認めることができたら、どんなに素晴らしい事かって思いませんか?

誰でも過去の罪の意識を大なり小なり持っていて後生大事に抱えていたりするけれど、

それは「いつか何者かに成ろう」という間違った認識であって、

なにかに成る必要が無いことを認めるといったあきらめににも似た境地が自分を救ってくれるんじゃないかって思うんです。

そして、この意識になれば涙が出てくるほど感動するし、

なにかに成ろうってあきらめたとき、心はすごくきらめきます。

キラキラってね。

生きとし生けるもの全ての心に優しい風が吹きますように。

byガム

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