空のように透き通った心をみつめて、あるがままへ。
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意識・・・
目覚めていない人達ってのは、意識に問題があります。
怒りとか、憎みとかって感情があるでしょ?
それって、意識が妄想してるだけなんですね。
目に見える事象って呼ばれる出来事って、
実は怒りも憎しみも付着していなかったりするんです。
だけど、
人って妄想の中に生きていて、
それが真実だと思い込んでいるからそこには気づき難かったりします。
だから、そこから抜け出し難いんですよね。
ただ、
最近、思うんですが、私と同じような事を主張している人が増えてるんですねぇ。
今の時代が過渡期にあると言う事なんでしょうかねぇ・・・
私もある意識に達したんですけれども、
それってなにかと言うと「善とか悪とか優劣とか良し悪しとか私と他人とか、
全部意識下にあって、人は妄想の中に生きている」って事なんですよね。
私もそういった意識にある程度達した?のかもしれないけれど、
それでも、そういった事に気がついた今でも、
やっぱり、人の行為とか言葉とかに良し悪しを感じたりします。
それって、何故なのかって言うと、やっぱり、意識は妄想を起こしていて、
何の意味も付していない言葉と行為に「意識」が妄想をしているってことなんです。
で、
私も未だにそこに留まってるんですよねぇ・・・
しかし、
まあ、
意識に問題があるって事に気がついたらですね、
感情がブレても容易く元に戻すことができるですよ。
ブレが無くなるのが行き着くところなのかもしれませんが、
そこ、
そこに、行き着くまでは感情に翻弄されて、
「感情を捨てるなんて無理だ・・・」必ずそう思うようになるんです。
それって、単に橋を渡っている過程で、
渡り切れないなんて事はありません。
その渡りに必要なテクニックって、
アセンデッドって呼ばれている光の存在達が、
その視線(光の視線)で起きている出来事を見たら、
どんな思索をするのだろうか?って、思いを巡らせることなんですよ。
光の存在達は多種多様なのかもしれないけれど、
決して私や貴方の行為を否定したり、軽蔑したりしません。
さらに、言わせていただくと、社会通念上に悪と呼ばれる行為をしている人と、
善行を行っている人の差別もしません。
良し悪しの感情が沸き起こったら、悪いとか良いとか思いますが、
それは、意識が妄想を起こしているって気づくべきです。
で、
その感情が芽生えたその芽を光の存在は、どんな視線で見るか考えてみてください。
その視線を理解すれば、感情は沸き起こるのだけれど、
後から客観的な光の視線で意識を見てみると意識ってかなり洗われるんです。
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怒りとか、憎みとかって感情があるでしょ?
それって、意識が妄想してるだけなんですね。
目に見える事象って呼ばれる出来事って、
実は怒りも憎しみも付着していなかったりするんです。
だけど、
人って妄想の中に生きていて、
それが真実だと思い込んでいるからそこには気づき難かったりします。
だから、そこから抜け出し難いんですよね。
ただ、
最近、思うんですが、私と同じような事を主張している人が増えてるんですねぇ。
今の時代が過渡期にあると言う事なんでしょうかねぇ・・・
私もある意識に達したんですけれども、
それってなにかと言うと「善とか悪とか優劣とか良し悪しとか私と他人とか、
全部意識下にあって、人は妄想の中に生きている」って事なんですよね。
私もそういった意識にある程度達した?のかもしれないけれど、
それでも、そういった事に気がついた今でも、
やっぱり、人の行為とか言葉とかに良し悪しを感じたりします。
それって、何故なのかって言うと、やっぱり、意識は妄想を起こしていて、
何の意味も付していない言葉と行為に「意識」が妄想をしているってことなんです。
で、
私も未だにそこに留まってるんですよねぇ・・・
しかし、
まあ、
意識に問題があるって事に気がついたらですね、
感情がブレても容易く元に戻すことができるですよ。
ブレが無くなるのが行き着くところなのかもしれませんが、
そこ、
そこに、行き着くまでは感情に翻弄されて、
「感情を捨てるなんて無理だ・・・」必ずそう思うようになるんです。
それって、単に橋を渡っている過程で、
渡り切れないなんて事はありません。
その渡りに必要なテクニックって、
アセンデッドって呼ばれている光の存在達が、
その視線(光の視線)で起きている出来事を見たら、
どんな思索をするのだろうか?って、思いを巡らせることなんですよ。
光の存在達は多種多様なのかもしれないけれど、
決して私や貴方の行為を否定したり、軽蔑したりしません。
さらに、言わせていただくと、社会通念上に悪と呼ばれる行為をしている人と、
善行を行っている人の差別もしません。
良し悪しの感情が沸き起こったら、悪いとか良いとか思いますが、
それは、意識が妄想を起こしているって気づくべきです。
で、
その感情が芽生えたその芽を光の存在は、どんな視線で見るか考えてみてください。
その視線を理解すれば、感情は沸き起こるのだけれど、
後から客観的な光の視線で意識を見てみると意識ってかなり洗われるんです。
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