空のように透き通った心をみつめて、あるがままへ。
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ただ、「観念を手放しなさい」では、なんのことか判りませんよね。
良し悪しと言った「観念」を手放しなさいって意味なんですけど、
これでもやっぱり判りにくい。
そこで、「観念」とは何なのか突っ込んで理解する必要があるのですが、
その「観念」の根源が何なのか表面的に指摘して、
その根源を煙に巻いて料金を取っている人も居ます。
そこで、その料金を取るという行為を「観念」で見てみると、
それをする人を大多数は「ネガティブ」な目線で見ます。
ライトワーカーだから、過大な料金を「取ってはならない」と目の覚めていない人は言いますが、
その「取ってはならない」も観念なんです。
そこで、料金を取って鑑定する方やヒーラーを批判する方は、
まあ、
悟っていないと言って良いでしょう。
けれど、やっぱり私としては煙に巻いている方に違和感を感じてしまいます。
これって、私も悟っていない証拠なんでしょうね。(笑)
ところで、観念の根源的なお話をしたとして、
その話を聞いただけで悟りに至ることはまず、あり得ません。
悟りは一様ではなく、
その人の人生や環境、経験から導き出される観念によって、
悟りの定義も巾があるし、悟りに至るまでの過程も人により様々だからです。
で、何が言いたいかと言うと、
根源的な話を秘密にしたとしても意味がないと言うことを言いたいんですよね。
逆に言えば、
根源的な話をしなければ身の外に救いを求めている方々はですね、
提言している人達に目線を向けないんじゃないかな。
それって、意味がないでしょ。
私は思うんですよ、○○の神とか○○の大天使とか、
身の外に光を見出していると、悟りにもアセンションにも至れないんじゃないかと。
根源的な話をして、
人々の個々のレベルに応じて悟りのポイントに導かないと到達できないことは、
悟りに至っている人なら知っているはずです。
やはり、根源的な「観念」のお話を秘密にしてそれで対価を得ようとしても、
目を向ける人は少なくなるし、
(○○の神に助けを求めている人の多い事、また、それを真実だと思っている人の多い事・・・)
仮に根源的なお話をしても覚醒に至る人はいない?か少ないでしょう。
ブッダは人に説話をするときに有機説法とか対機説法と呼ばれる手法を駆使して、
悟りに導いているので、前述した理由が大きいんじゃないかと感じる次第なのです。
観念の根源的なお話は心のフィルターができるまでで概要をお話していますので、
興味のある方は読んでみてください。
そのうち、少し突っ込んでお話しようかと思います。
[カテゴリーあるがままの心へ]
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これでもやっぱり判りにくい。
そこで、「観念」とは何なのか突っ込んで理解する必要があるのですが、
その「観念」の根源が何なのか表面的に指摘して、
その根源を煙に巻いて料金を取っている人も居ます。
そこで、その料金を取るという行為を「観念」で見てみると、
それをする人を大多数は「ネガティブ」な目線で見ます。
ライトワーカーだから、過大な料金を「取ってはならない」と目の覚めていない人は言いますが、
その「取ってはならない」も観念なんです。
そこで、料金を取って鑑定する方やヒーラーを批判する方は、
まあ、
悟っていないと言って良いでしょう。
けれど、やっぱり私としては煙に巻いている方に違和感を感じてしまいます。
これって、私も悟っていない証拠なんでしょうね。(笑)
ところで、観念の根源的なお話をしたとして、
その話を聞いただけで悟りに至ることはまず、あり得ません。
悟りは一様ではなく、
その人の人生や環境、経験から導き出される観念によって、
悟りの定義も巾があるし、悟りに至るまでの過程も人により様々だからです。
で、何が言いたいかと言うと、
根源的な話を秘密にしたとしても意味がないと言うことを言いたいんですよね。
逆に言えば、
根源的な話をしなければ身の外に救いを求めている方々はですね、
提言している人達に目線を向けないんじゃないかな。
それって、意味がないでしょ。
私は思うんですよ、○○の神とか○○の大天使とか、
身の外に光を見出していると、悟りにもアセンションにも至れないんじゃないかと。
根源的な話をして、
人々の個々のレベルに応じて悟りのポイントに導かないと到達できないことは、
悟りに至っている人なら知っているはずです。
やはり、根源的な「観念」のお話を秘密にしてそれで対価を得ようとしても、
目を向ける人は少なくなるし、
(○○の神に助けを求めている人の多い事、また、それを真実だと思っている人の多い事・・・)
仮に根源的なお話をしても覚醒に至る人はいない?か少ないでしょう。
ブッダは人に説話をするときに有機説法とか対機説法と呼ばれる手法を駆使して、
悟りに導いているので、前述した理由が大きいんじゃないかと感じる次第なのです。
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興味のある方は読んでみてください。
そのうち、少し突っ込んでお話しようかと思います。
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